虚言症
No.1



 
 出会い
 

 

ご飯つき、光熱費込みで25万ウォンの部屋も気に入っていた。しかし今までにないお金の危機。アルバイトも研究院での朝1時間のみ。必死にアルバイトを探せば探すほど、
そんなときに限って徒労に終わるものである。それでも知っている限りの日本語教師紹介のサイトに登録し、YMCAにもせっせと勉強しに通っていた。
そんなある日のこと。見知らぬ携帯番号が表示されて私は出た。

「もしもし?日本語の家庭教師のサイトを見たのですが、まだ募集していらっしゃいますか?」
幼稚園児に話しかけるお姉さんのような優しい声でそう言った。感じがとても良かった。
日本の福祉関係の大学院に通い、将来的には老人ケアの施設で働きたいので、日本語を勉強する必要がある、なので一度会って詳しく話をしたい、とのことだった。

待ち合わせ場所は、明洞(ミョンドン)のミリオレ前。
あの人かな、この人かな、とどきどきしていると、携帯が鳴った。
「今、どこにいますか?」
「あ、あのフーアユー(カジュアルブランドショップ)の前にいますが・・」
振り返ると彼女が、手を振っていた。
オリーブグリーンのトレンチコート、細いウエストのところできゅっと絞られていた。
韓国ではあまり見かけない、襟足長めのベリーショート。スタイルが良く、マスカラで縁取られた目は優しく笑っている。顔のタイプはBCカードのCMに出てくるキム・ジョンウン(韓国では有名なコメディエンヌ)。美人なのでびっくりした。いわゆる韓国美人ではないのだけれども、きれい。それであの優しい声。

とりあえず、近くの喫茶店に入って話した。名前はM・Kさん。
彼女は28歳(2002年)。往十里(ワンシムニ)に小・中学生を対象とした学院を経営しているという。院長である。地方にある医大を中退、その後ソウル大へ。
学院を他の先生に任せて自分は、前から行きたかった日本で福祉の勉強をしたいと言う。
私は、1時間1万ウォン以上もらわないときつい、と言った。
日本語個人指導の時給は、ピンキリ。一番最初に知人の紹介で知り合ったアジョシは
8000ウォンで教えていた。Mさんは、その美人顔でにこにこしながらも、
「8000ウォンでお願いできないかしら?」と言ってくる。
自分が先生していて、相場くらい知っているだろうに・・しかし選んではいられない。
値踏みされても、8000ウォン入ってくるならそれではいいではないか・・・

次に私の自己紹介になった。今安い部屋を探している、というと、一緒に住みましょう!と身を乗り出してきた。え?たった今会ったばかりですよ!
回基(フェギ)は、ちょっと遠いけれども、一緒に住めば日本語が覚えられるし、一人で住むには広いワンルームだし、それに犬を飼うような気持ちでいればいいんだし・・と続けた。
犬を飼うような気持ち、の部分でややカチンと来たが、ただで住める、授業をきちきちする必要もない、キョンヒ大学近くにも住んでみたかったこともあり、
私も調子にのって『掃除も洗濯もする犬ですよ、便利です』とおどけてみた。
しかし、彼女の必要以上に親切な態度、優しい笑顔が無意識に怖く思ってもいた。
普通に考えて、こんなにいい人がいるものだろうか、何か騙されているんじゃないだろうか・・彼女は今週中に家を見に来るようにいい、これから学院の先生と食事をする約束なので、よかったら一緒にと誘ってくれた。

私の提案で、ちょっとはずれにあるパスタ屋で夕ご飯を食べた。
よくわからないメンツで、他の先生たちに申し訳ないような気がした。
Mさんは、食後ウィンドーショッピングをするつもりだと言った。私はそのころ楽しみにしていたドラマ(明朗少女-チャン・ナラ主演)があったので、帰った。
Mさんが、ビデオにとればいいのに・・とタバコの煙をスパアアと吐き出したときの表情がとても怖かった。これも無意識に怖いと思った。

YMCAの中国語班で一緒に勉強していた朴同学に、Mさんのことを話した。
初対面で、ただで部屋に住まわせるから、日本語を使ってコミュニケーションをとりたい、そんな彼女の優しい笑顔、とその口調の裏に何かがあるんじゃないか、と彼女の提案を受け入れるかそうでないかについて、ややおおげさに私は話した。
朴同学が、部屋の見学についてきてくれるという。
日曜日に回基駅の改札口で待ち合わせた。胸元に白のフリルのついたタンクトップとホワイトジーンズは、細いMさんに良く似合っていた。あいかわらずにこにこしていたが、私の隣にいる朴同学に目をやって、
「私がどんな人か確かめに来たのかしら??ふふ、大丈夫よ、心配はないです。」
と笑った。
改札を下りて、歩いて1分もかからない、線路沿いのワンルームであった。
シンプルなインテリア、というよりものがない。大きなベッド・テーブル・二つの椅子・長めのソファ・パソコン・スタンドライト・四段のタンス・テレビ・ガラスのテーブル以外に目立つものはない。洋服はベランダにたくさんあるのが見えた。

「どう?気に入っていただけたかしら?りうめいさんの家だと思って楽にしていいんですよ、私りうめいさんみたいなお友達と一緒に住めるなんて本当に嬉しく思っているの
」笑顔を絶やさない彼女。
ぶどうジュースをごちそうになって、朴同学と私は早めに家を出た。
「どう思う?」
「うーん、にこにこしすぎるところもあるけど、悪い人ではないと思うよ、まず一緒に住んでみたら?なんかあればすぐ出ればいいよ、学生街だから近くに下宿もたくさんあるし。」

Mさんは、引越しを手伝ってくれた。大きな車でやってきた。いとこのSと一緒に。
Sは私と同い年、なかなかの男前である。日本人っぽい顔立ち、格好も日本っぽくて
ちょっといいな、と思ったのは事実である。
最初二人がとても仲がいいので恋人かと思っていた。
Mさんは、私の住んでいた部屋を見るなり、
「こんなところに今まで住んでいたなんてかわいそう!さっさと荷物をおろして早く行きましょう」
といった。手伝ってくれるのは嬉しいけどちょっとむかっ。それでもてきぱきと荷物を運んでくれるので助かった。
家に着いても、さっさと荷物が片付けられていく。一段落つくと、近所の冷麺屋へ。
辛いピビンミョンを食べたと思う。Mさんは、フェギ駅のどこに何があるかいろいろ教えてくれた。この冷麺屋の地下は銭湯になっているから、二人で行きましょう、と楽しそうだった。

私は彼女のベッドに寝ることになった。
広くて大きいベッドで寝るなんて久しぶり!と喜んでいると、Mさんは、実は学院から戻ってきたらまたアルバイトに行く、帰りが夜中の2時を過ぎるので、ガタガタしたら、りうめいさんに申し訳ない、だから自分は戻ったらさっと床に敷布団をしいてねる、といった。
「アルバイト?そしたらお互い顔をあわせる時間がないじゃないですか」
「実は事情があるの・・・それが解決したら私はりうめいさんといつも一緒よ。
「は、はあ・・でも私が申し訳ないですから・・部屋代少しでも出したほうがいいと
思うんですが・・」
「それはいらないわ。かえってあたしがありがたいかんじ。家に人がいるっていいことだわ・・りうめいさんって可愛らしくて好きよ、あたしのこと本当お姉さんだと思って、仲良くしましょ。」

夜になると、3人で清涼里(チョンニャンニ)の588を車で通り、フェギのカラオケへ、帰りにスイカを買って帰った。
彼らは、引越しの祝いとして、不思議なデザートを作ってくれた。
牛乳とサイダーを混ぜて、その中に一口サイズに切ったスイカを入れた食べ物である。
Mさんは、今日Sが泊まっても問題はないかと聞いてきた。
私としては、ちょっといいなあと思った男であるからして、引越し初日から化粧落とした顔にひらひらパジャマ姿を見せるのはためらわれた。
(いちおう恥じらいはもっている)
私が、すっぴんを見せるのは恥ずかしいので・・と遠まわしに言うと、
『あの子はとてもかわいそうな子なの、家に最近は帰ってないの』と悲しい顔をした。
事情をあとで話すから、とその日はSは泊まった。床にしいた布団に彼らは二人並んで
横になった。
思わず、日本ではいとこ同士は結婚できるんだけど、韓国ではどうなのか、と聞いてしまった。彼らは、自分たちの関係は本当に中のいい姉・弟だから気にしなくてよいと笑うだけであった。
27、8の男女が一緒に寝ている、それをベッドから見る私。
この二人と深く関わったらよくない気がする、本能的にそう思ったのだが、
今までとは違う刺激的な生活ができるかもしれない、と期待感が膨らんだのも事実であった。
Mさんは、その期待を裏切らなかった(笑)、次から次へと理解に苦しむ行動や言動で
楽しませてくれたのである。