デジタルカメラ



 

 

 

父が歯医者に行く前に、必ず寄るところがある。
自分の家が建つところだ。父は60歳にしてマイホームを買った。

今日はコンクリートを流していた、今日は鉄筋が入った、今日は玄関の基礎ができていた・・・と私のデジタルカメラを勝手に持っていって、撮ってくる。
そして、家で一番大きなテレビにつなげてその様子を逐一報告する。どうでもいい写真を、母は喜んでみている。柱をアップした写真の何が楽しいのか。

そのデジカメの中には、私が撮りためてきたものも入っている。
パソコンに落としてその都度消しておけばいいとわかっていながらも、もともとズボラなのでデジカメのメモリーに入りっぱなしである。
テレビの画面に次々と古い建物やら公園の切ない遊具や、食べ物を大きく写したものがつぎつぎと出てくるので、本当におまえはくっだらないのを撮るなあ、なんのために大学まで行ったんだ?と言った。
自分的にはなんていい角度!とうっとりしている写真をくだらないといわれて、悲しい気持ちになった。大学うんぬんに結びつく、父の単純で意地悪な思考回路に腹を立てた。

同時に大画面でみる自己陶酔写真が、ものすごく恥ずかしいものに思えてきた。

自分の写真だけをみるようにしてよ!とボタンの操作を声を荒らげて、これはこうなの!わかる?!こうやってスキップしてくれる???とまるで犬にしつけるように教えた。

「自分だってどうでもいい写真撮ってるくせに」

つないでいた線を父はいきなりはずしてデジカメを放っぽった。

デジカメはテーブルにガツンとぶつかって、コタツ布団を滑り降りた。

「ちょっと何すんのよ!」

「もうおまえからは何も借りない!お父さんは自分の家が見たいだけだ!」

私は急いで、デジカメの電源が入るかどうかを確認した。

ピコッと音はするものの、カシャッとシャッターは閉まってしまう。
何度やっても同じだった。

「ちょっとサイアク、壊れたじゃん」

父は母に“コーヒー”とだけ言って黙ってしまった。そしてそばに寄ってきた犬をかまいはじめた。
結局私がその壊れたデジカメを修理に出した。修理代はもちろん父が負担してくれたが。

次の土曜日。父は朝ごはんを食べ終わると、

「9時までには出られるようにしておけよ」

と私に言った。

「デジカメ買いに行くからつきあえよ。」

「よかったあ、やっと自分の買うんだね。」

Y駅近くのディスカウントショップで、私のデジカメは70パーセント引きで売られていた。嫌味にも父は私と同じものを購入した。
派手な紙バッグから箱を取り出し、デジカメにバッテリーを入れた。
私は、試し撮りでどうでもいい風景を写しては消してを繰り返した。


ゆっくりと車を発進させながら、父は言った。

「お前、ばあちゃんの住んでた家覚えてるか?」

「あの、でっかいオウムがいて1階が仏壇屋の?」

「・・そんなところにも住んでたな。」

「お前覚えてるかなあ、家の後ろが雑木林で、屋根がすごく低いこっきたない平屋。暗くて。あんなところよく一人で住んでたよなあ、ばあちゃん。」

「どうしたの、急に。おばあちゃんの家の話なんか。」

「この前、その辺行く用事あってさ、思いつきであの家どうなってるかなって行ってみたら、お前、まだあったんだよ、その家。」

もう二十数年前のことだが、そのお化け屋敷みたいな祖母の家はよく覚えている。
木の引き戸を開けると、ガラスがガタガタと大げさに音を立てた。
冷たいコンクリートの土間があってそこを上がると左側に大きな仏壇があり、油揚げみたいな色をした座布団がいくつか床に置いてあった。

いやな湿り気をもったその座布団に座ると、お尻がひんやりした。ニッキ飴と呼ばれるシナモン味の飴を食べろとすすめるのだが、その辛い飴を食べるのはあまり好きではなかった。

「見に行かないか?これから。」

 

私たちは、腹ごしらえにある商店街の蕎麦屋で天丼を食べた。
そして祖母が住んでいた家へと向かった。車を適当なところに停めると

「デジカメ忘れるなよ。」
と父が言った。
塀と塀の間のせまい道を歩く。ほら、あれ。
確かに平屋はあった。外にある錆びた水道管は斜めに立ち、黄色くなった雑草が家の回りに倒れるように生えていた。トタン屋根は今にも滑り落ちてきそうだった。
後ろの雑木林はすっかり姿を消して、2階建てのきれいなハイツが数棟並んでいた。その平屋が残されていることが不思議でならなかった。

「住んでるのかな・・・ここ。」

「この家、お前ちょっと撮っといてくれないかな。」

「う、うん・・・」
いつものクセでかっこつけて撮ろうとアングルを探しあぐねていると、父が早く!とせかした。

「家だけでいいの?お父さんも一緒に撮ろうか?」

「俺はいいから、家を撮ってくれ。」

2,3ショットを撮りおえると、もと来た道を戻った。

車のドアを開けると車内はかなり暑くなっていた。春の日差しは強い。

私は面白くなってきて、次の家も行ってみようと父に提案した。
オウムのいた家は、新しい建物になっていて仏壇屋はクリーニング屋になっていた。
ここもまた昔は木の古い引き戸を開けて入る家だった。
かなり急な階段を上って2階に上がると六畳一間の部屋が二つ、一つは上品な感じのおばあさんが住んでいて、トイレは共同でお風呂はなかった。足の悪い祖母があの階段を上り下りするのは大変だっただろう。
祖母はそこに亡くなるまで一人で住んでいた。
日の良く当たる窓際に座って“わかば”をくゆらしている祖母を、私は下から見上げて、
“おばあちゃーん”と呼んだものだ。

祖母のつり目が下がっていって表情が柔らかくなり、タバコをはさんだ手をゆっくりと振った。

「ばあちゃんの部屋、本当汚かったよな。」            

「あたし、あの油揚げみたいな座布団2枚並べてそこに寝たよ、泊まりに来たとき。枕も座布団を折ったやつで。あの座布団嫌いだったなあ。」

「よくお前ら泊まりに来てたな。」

「昔のミシンの上に、ガラスケースに入った変な人形セットが何個も置いてあって、その上に雑誌とか本があって、仏壇でしょ・・・・」

「ばあちゃん死んだとき、部屋片付けるの大変だったなあ。」

祖母の家から数十メートル行った先の角に、駄菓子屋があったことを思い出した。
私はデジカメの電源を入れたまま記憶を頼りに歩いてみたが、駄菓子屋はなかった。
銭湯もみつからなかった。

「お父さん、撮るものがないよ。何にもないよ、ここには。」

「とりあえずこのクリーニング屋を撮っとくか。」

クリーニング屋にカメラを向けると、中にいたおばさんが怪訝な表情でこちらを見た。
私たちはその後、昔祖母の家に寄った帰りによく買っていた大福を買いに、
G商店街へと向かった。ゴロゴロと大きな豆の入った大福を2個も食べてしまった。

「おばあちゃん、一人が好きだったの?」

「お・・」

「なんか、小さいときには何にも思わなかったけど、さっきの家の写真見るとさ、かわいそうというか。」

“かわいそう”というところで、父が大福を食べる口が止まった。

「かわいそうか。」

「うん。」

「ばあちゃん、入院してたとき見舞い行ったよな。ばあちゃんの名前、男になってたろ、名札のところ。」

入院手続きをする際、祖母の名前“ふみ子”の“子”を急いで書いたために、ひらがなの“を”に見えたらしく、“ふみを”と登録されたのだった。
「苗字も俺やお前と違ってたろ。」

「そういえば。」

「2番目の親父の名前だよ、俺の。まあ親父とは言えないけどな。写真でしか顔見たことないから。ばあちゃんより先に病気で死んじゃったんだけど。」
祖母が再婚していたことを、私はこのとき初めて知った。

「じいちゃん女作って家を出て、ばあちゃんも男作って家を出て、俺、家がなくなっちゃった、中学のとき。まいったよ。」

父は残りの大福を口に入れると、指についていた片栗粉をペロリとなめて、ティッシュ、と言った。
私は後部座席にあるティッシュ箱を体をねじらせて取ると、父の前に差し出した。

「その2番目の親父が死ぬと俺に連絡してきたんだよ。お前が生まれてすぐだな。
まあ、その年に最初の親父が・・・、お前のじいちゃんも死んじゃったんだけど。親の面倒見るのが当たり前だろうってな、ばあちゃん。親よりもお前らとお母さんで精一杯だったからな。あん時。」

父はそれ以上何も言わなかった。

 

車は、私たちの住む家ではなく、新しく建てている家へと向かっていた。
陽がかたむきはじめていた。
たくさんの一戸建ての中から、空色のシートに覆われたその家を見つけると、父はパシャパシャと写真を撮りはじめた。

「おい、こっち来いよ。桜咲いてるぞ。」

広くはないその裏庭に、山桜の木が一本立っていた。
赤褐色の若葉と共に白い花がちょこちょこと、枝々から吹きだすように咲いていた。

「毎年花見ができるね。」

「ああ、そうだな。」

家に戻ると、父はデジカメからメモリーカードを取り出し、その新しいデジカメを私にくれたのだった。