デズニーランド



 

 

冬の空はずっと見ていると、視線が跳ね返ってこっちにぶつかって来そうでこわい。
だから夕方の、うす紫色のオーガンジーを広げたような空の下を歩くのはとても好きだ。
寒いけど。

今日は何回空を見上げたか、なんて思っていたら少し小腹がすいてきた。
ぱっと目に入った蕎麦屋に入ることにした。
紺色の座布団を敷いた木の低い椅子に座る。とりあえず箸箱や七味入れなんかをいじる。
一人でこういうお店に入ると、どこを見ていいかわからないので落ち着かなくなってしまう。
高いところにテレビもないし。
おばあさんが注文を聞いてきた。
私はお品書きをあわてて見た。そこには『デズニーランド 300円』としか書いていなかった。けれども
「あの、月見そば」とおばあさんの目を見ずに言ってみた。
「あい。」

私のちょうど向かいにいるおじさんは、親子丼を食べようとしていた。
箸箱から箸を取り出してパキンと割る。そして1本ずつもってこすり合わせる。
ごはん、ごはん、味噌汁、つけもの、ごはん、お茶、ごはん・・・。
人の食べているところを見てるのは楽しい。
おばあさんがやってきて、デズニーランドはあっちね、と言った。
あっちってどっち?疑問に思いながらも私は外に海があることを知っていた。
店の外には船着場があって、大きな丸い桶が2つプカプカと浮いていた。
これに乗ればいいと最初から知っていたような気がした。

ディズニーランドに行こう、300円で。
おばあさんには、なんとなく月見そば、と注文してみたかっただけなんだ。
桶は何もしなくても気持ちよく前へ進んだ。
途中から海が砂漠に変わったが、全然大丈夫だ。桶は順調に進んでいる。
砂の上に風の通り過ぎた跡が見える。桶の通った跡が見えないのはなぜかわからないけれども。ところどころにサボテンが見えた。黄色く変色して腐ったサボテンがグニャグニャとからまってぐったりしている。

砂漠の真ん中で私は今、ミッキーマウスと向かい合っている。
ミッキーは笑わない。彼は手をふることでしか感情を表せないようだ。
おどけるときは口元に両手を当てる、そのしぐさが嫌いよ、ミッキー。
私はミッキーの手袋の中がどうなっているのかをたずねようとしたがやめておいた。
ミッキーと二人きりでいるのはちょっと心苦しかった。

ディズニーランドについたのだが、アトラクションが一つしかなかった。
しょうがない、ひたすら回り続けるそのアトラクションに乗ろう。
回転を終えたその遊具に虎が三頭いるのが見えた。
私はその遊具に乗り込んだ。身を縮めて目の前にあったパイプを強くにぎった。
上からシートがかぶさってきた。
ビーとサイレンが鳴ると、ゆっくりと回り始めた。
最初はかたく目をつぶっていたのだが、開けていても何も変わらないことに気がついた。
ただ虎がなんだかベタベタしてきているよう。
この匂いはどこから来るのか・・甘い匂い。虎だった。気持ちよさそうな表情で、陽だまりで日光浴をしているような、そんな顔をしていた。
やっぱり虎も猫なんだな。

ああ、そうか。
この回転遊具に乗れば、バターになれるんだ。
虎は自分で走るのが面倒くさくてこのアトラクションに乗ったんだ。醜い争いはもうやめて、この回転遊具に身を任せようよ。
私からもだんだんいい匂いがしてきた(ような気がする)。
ベタベタしてきた。くすぐったい。でもどこがくすぐったいのかわからない。

きっと私は南の国の男の子に食べられるのだ。男の子は何枚パンケーキを食べるのだっけ。
シートが風でふわりとめくれたときに、ミッキーがこちらに向かって手をふっているのが見えた。今度ミッキーの立っている位置に合ったときに手をふろう、とタイミングをうかがったけれども、自分の肩から先が白いバターになっていて、もう自分の力ではどうしようもなくなっていたから、バイバイができない。